2009年02月17日

母のまなざし2

 面談をしていて、クライエントの小さい頃のことを、あまり覚えていない母親のことを聞くことが

ある。母親は当時、忙しく、祖母や伯母・叔母等に子どもの世話を任せていたのである。

 ある時、上記とは別の事例で、母親自身にクライエントの幼児期について尋ねたことがある。

私は「○○さんを、何歳から保育園に入れましたか」と尋ねた。母親は「それが、覚えていないん

です」と答えた。

 この2例とも、子どもが母親の目に充分映っていなかったということになる。母親の関心が

何かの原因で他に向いていたのである。母親にとっては色々な理由があって、したくても

子どもの世話ができなかったということだが、幼い子どもは大人のような認識はできない。

充分まなざしを向けてくれない、世話をしてくれない母親に接し続けて、子どもは「お母さんは

私のことが嫌いなんだ」「私は嫌われている」という文脈を作ってしまう。

こうなると子どもは自分のことを好きになることが困難になる。そして他者を好きになることも

困難になる。この傾向は成人し結婚後も尾を引くことになる。そこで何らかの問題が発生し

セラピーが要請されるのである。

 お母さんの眼の中に子どもがどう映っていたか。事例に接するたびに、このことがとても

大切なことだと思える。

2008年11月06日

不登校中1少年(2008.11.6)

 私は少年とは会ったことはないが、少年の母親とは何度かお会いしていた。ある時母親が

「うちの子、中1なんですけど、学校に行ってないんです」と切り出した。しかも彼はおねしょを

しているとのことだった。この母親は、以前あるところで、子どもがおねしょをするのは、龍神様が

怒っているからだと教わったが、何をどうして良いのやら見当がつかず気にかけていた。
 
私は神様の怒りについては良く分からないけれど、少なくとも子どもが母親に、言いたいことが

あるはずであると考えた。「おねしょ」という行動で、彼が母親に訴えていることを、私が代って

言葉にして、母親に伝えた。すると、母親は思い当るところがあるとのことだった。
 
私は口にチャックをして、耳を開けておくことを3年やるようにアドバイスした。母親はすぐにでも

学校に行かせたいと思っていたのに、3年と聞いて覚悟を決め、実行した。
 
それから1年もしないうちに母親と再会した。この時には既に息子さんは登校しているとの

報告をいただいた。母親の子どもに対する影響力の大きさを実感させていただいた。

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2008年10月26日

母のまなざし(2008.10.26)

先日、携帯ショップで順番待ちをしている時のこと。子供を2人連れたママが入って来た。

お兄ちゃんは4歳くらいで、下の子はバギーに乗せられていた。ママは携帯のサンプルを

あれこれと物色していた。お兄ちゃんもママのそばで、自分の気に入った物を選んで、

「ママ、見て見てっ!!」と言っていた。私は、このお母さんはどんな反応をするのかと思って

見ていたが、ママは子供の「見て見てっ!!」に対して無反応だった。その後、幾度となく

お兄ちゃんは「ママ、見て見てっ!!」と言っていたが、お母さんはそれに対して視線を

向けることもなく、言葉を発することもなく、一切反応せず携帯に集中していた。

最後にはお兄ちゃんは床に寝そべっていた。それでもお母さんはお兄ちゃんを一度も

見ることなく携帯を物色している。

このお兄ちゃんはその時、お母さんの眼の中に映っていないのである。今後この子は

どうやって自分の存在を確認して行くのだろうかと心配になった。お母さんの眼の中に

「どうでもよい存在」として映り込んだ人は、自分を、どうでもよい存在、価値のない存在と

思い込んでしまう。

少なくとも「ママ、見て見てっ!!」と子供に言われたら、「あなたはこれが気に入ったの。

いいね!!。」などの反応は、敏速にしたいものである。

その数日後、また別な所で「見て見てっ!!」の場面に遭遇した。ここでもママは友達との

話に熱中していて、子どもの言葉に反応できていない。

どのお母さんも日々大変忙しいことはよく分かる。そういう中でも耳だけは開けておく、

と決めて、子どもの言葉にすぐに反応し、まなざしを向ける。こうしてもらった子は「お母さんは

自分のことを大切に思ってくれている」と感じることだろう。母のまなざしのもとで、子どもの

自我は構成されるのである。母から大切に扱われた子は、他人を大切にできるに違いない。

そういう人がこの国に増えていけば将来はもっと明るくなるだろう。

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