先日、携帯ショップで順番待ちをしている時のこと。子供を2人連れたママが入って来た。
お兄ちゃんは4歳くらいで、下の子はバギーに乗せられていた。ママは携帯のサンプルを
あれこれと物色していた。お兄ちゃんもママのそばで、自分の気に入った物を選んで、
「ママ、見て見てっ!!」と言っていた。私は、このお母さんはどんな反応をするのかと思って
見ていたが、ママは子供の「見て見てっ!!」に対して無反応だった。その後、幾度となく
お兄ちゃんは「ママ、見て見てっ!!」と言っていたが、お母さんはそれに対して視線を
向けることもなく、言葉を発することもなく、一切反応せず携帯に集中していた。
最後にはお兄ちゃんは床に寝そべっていた。それでもお母さんはお兄ちゃんを一度も
見ることなく携帯を物色している。
このお兄ちゃんはその時、お母さんの眼の中に映っていないのである。今後この子は
どうやって自分の存在を確認して行くのだろうかと心配になった。お母さんの眼の中に
「どうでもよい存在」として映り込んだ人は、自分を、どうでもよい存在、価値のない存在と
思い込んでしまう。
少なくとも「ママ、見て見てっ!!」と子供に言われたら、「あなたはこれが気に入ったの。
いいね!!。」などの反応は、敏速にしたいものである。
その数日後、また別な所で「見て見てっ!!」の場面に遭遇した。ここでもママは友達との
話に熱中していて、子どもの言葉に反応できていない。
どのお母さんも日々大変忙しいことはよく分かる。そういう中でも耳だけは開けておく、
と決めて、子どもの言葉にすぐに反応し、まなざしを向ける。こうしてもらった子は「お母さんは
自分のことを大切に思ってくれている」と感じることだろう。母のまなざしのもとで、子どもの
自我は構成されるのである。母から大切に扱われた子は、他人を大切にできるに違いない。
そういう人がこの国に増えていけば将来はもっと明るくなるだろう。
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